VERBA VOLANT, SCRIPTA MANENT.
明けましておめでとうございます。旧年中は当「神慮の機械」をご愛読いただき誠にありがとうございました。新年も皆様のご訪問に応えられる内容作りに相努めてまいる所存です。なにとぞ宜しくお願い申し上げます。
本年は「リスタート」と書きましたように、昨年後半は何かと停滞気味であったという反省に鑑み、とにかく新しいことへの好奇心を失わず、更新頻度を上げて行きたいなぁと思っております。……いや、ホント昨年末はダメダメでした。心底熱くなるという経験をまったくしなかったように思います。世の中に熱いモノがないのではなく、そこへ向ける好奇心の問題ですね。今年はとにかくアンテナを多方面に張る方向で。
今年は珍しく元旦に初詣に行くかと、とりあえず毎度お馴染みの湯島天神か鎌倉八幡宮のうち、天神さんに足を向けてみた。聖橋から湯島方面に歩いていくと、途中で人の流れが湯島と神田明神に分かれていくのが面白い。
が、湯島近くについてみると参拝客が境内外にまで長蛇の列で、なんと途中で折れて昌平橋通りにまで達している有様。毎度来るのは三日以降だったりしてたので、これは誤算だった。よく見ればさすがラーダの神殿、どうも受験生世代の家族連れが多いのだけど、やっぱり元旦から出張ることに意義があったりするんだろうか……。ともあれ、境内ならまだしもただの街中を列に引き回されるのは御免なので、境外から軽く拍手を打ってさっさと転進。定番の酒饅頭と玉こんにゃくだけ買い食い、初詣としては初めて神田明神に向かってみた。知識の神もいいがIT守護神ということで:)
神田明神側は短いながら参拝道も「らしく」できてるし、参詣は大行列だったけど境内なので周りを眺めつつ、また逆に人が多くて寒くなく楽々。雅楽の演奏があったりする点もポイント高し。ま、湯島はもう旧境内潰して街になっちゃってるし、現境内も狭いので仕方ないんだけどねぇ。そんなこんなでお参りを済ませ、IT守りを買うか悩みつつスルーし(笑)、御神籤を引いて終了。末吉でした。
帰りに参拝道入口にある、天野屋にて甘酒を飲んでみた。ウチの祖母も昔から薦める良店なのが訪れるのは初めて。地下に自前の麹室を持っており、甘酒以外にも納豆やもろみ味噌等発酵食品が旨いのだとか。……なお本来、如星は甘酒という飲み物が嫌いである。質の悪い日本酒の臭いと甘ったるさが鼻につき、神社の振舞いなんぞも縁起物だからと口をつける程度なのだ。が。今日は生まれて初めて甘酒を旨いと思った。今まで飲んできた甘酒とはまったく違う、自然な甘味と酒の香り。それがすいすいと身体に入って暖まる。聞けば酒粕と砂糖で作るその辺の甘酒は模造品で、本来はここの甘酒のように米麹(糀と書くようだ)だけで造るモノなのだとか。いやー、コレは本当に旨い。これを知った今、もはや他で甘酒など飲めないだろうな:) あまりに嬉しかったので、その勢いで納豆やら漬物やらをお土産に買い込んでしまった。
ちなみに天野屋は座って飲み食いできる休憩処も横にあり、ついでにそこで汁粉やらわらび餅を堪能した。いわゆる「老舗」にありがちな傲慢さや投げやりさはなく、店舗側のおばちゃん共に、素直に「古き良き店」という風情だ。また古い馴染みらしい着流しの男性がサッと入ってきて、おばちゃんと軽く雑談して甘酒呷ってツイと出て行く辺り、なんとも真似のできない粋を感じてしまった。着慣れた和装といい、久々らしいのだがベタベタと雑談も長居もしない江戸っ子っぷりといい、若い女性を連れている辺りといい(笑)、良き常連の姿として、また良き歳の取り方として見習いたいものである。
まったく新年早々、色々といいものを味わえた一日であった。幸先よきかな。
今日の一滴="何処ぞのヴィンテージポート1996年" (2006/01/01)
先月頭に気の迷いで購入したToHeart2 XRATEDにようやくここ数日着手。本来この手のゲームは一応フルコンプしないとレビューは書かないことにしてるのだけど、ちょっとこの段階で書いておきたい理由もできてしまったので(後述)、まずは軽く概観をメモっておこう。
前述の通り、元来買う気もなかったTH2X。ノーマルPS2版の方も当然未プレイだし、ネットや同人界隈であふれるキャラ絵を見ても名前すら追ってなかった状態であった。ま、Leafの非ダーク系ってワケだし、久々に王道な「ギャルゲ」をやるのも悪くないかという気持ちでスタート。……後に冬コミ前に終わってなかったことを後悔するのだけど、冷静に考えれば12月頭発売だったならXRATED内容を反映した本は冬コミじゃ少なかったかな、とちょっと安堵である。
っと、閑話休題。まずは全体の話をしてみよう。
操作しづらい、というほどではないのだけど、文字通り「コンシューマからの移植」そのまんまなインターフェースには少々参った。サイドバー等はどう考えても「コントローラ」操作のためのもので、右クリックからほぼ全ての機能にアクセスするというノベルゲームの基本、マウスによる操作向けの改装がないのは気になった。無論、キーボードによる操作やホイールでの読み返しはついてるし、PS2版を知る人間からすれば改良されてるとの声も聞くのだけど。今更ながら、ホロウのシステムは「読みふける」という点に長けていたのだと実感してしまった。
また一番困ったのが、コンシューマ、つまりテレビから移植されてきたままのフォントサイズ。普通のPC向けノベルゲーからすると異常にでかく、それゆえ一行折り返しも短い。これは移植時にもう少し何とかならなかったのかなぁ……。無論改ページを変えたくない以上、どのページも下のほうがスカスカになってしまったりはするだろうし、一応文字書きの端くれとして、折返し位置を変えるなら結局既存の文章に手を入れることになるのは分かっている。論文等と違い物理改行は重要な要素だからね。ま、その手間をちょっと掛けて欲しかった。前述の操作インタフェースと相まって、本当に「移植」なんだなと悪い意味でノッケから感じさせられてしまったのだ。
良くも悪くも、TH1のままだな、という印象。一日単位のブツ切りシーンがあって、朝と夜、特に夜のほとんどが日中と全然無関係の小話で終わる。……循環型ギャルゲーってこんなモンだっけ? 君望以来久しくプレイしてないのだけど、このスタイルには流石に古さを感じてしまった。ま、その古さこそが、いかにも東鳩と感じさせる手法とも言えるのだけど。
しかしBGMの多くが1のアレンジというのはちょっと手抜き過ぎではなかろうか。前作曲のトーンは残しつつ新曲中心、そしてその中の数箇所に不意に前作の旋律が紛れ込んでいる──というのが個人的にはニヤリとする理想なのだが(cf. FF9の「それぞれの戦い」に、突然FF6のオペラ座シーンの旋律が入る等)。特にドタバタシーン等、今作の色と前作の曲が今ひとつ合ってない場面も多かったし、その一方でTH2ならではという印象に残る曲もあまりなかったし。うーん。
シナリオ本編については、現状だと予想通りというか、コンシューマ向けらしく「浅いな」という感じ。小話形式が今ひとつ力強い流れに統合されていないように思える。小話一つ一つの品質は流石で、笑いあり萌えあり、シチュエーションの美しさなども揃っているのだけどね。ここは流石にシナリオコンプしないと正確には語れないのだけど、別にエロという意味ではなく、例え明るいシナリオであっても18禁テキストに求められる「毒」が少なく、文字通り「各シーンで萌えておけ」という印象だ。
軽さの例でいえば、最初に「このみ」シナリオをクリアしてみたのだけど、正直テーマの浅さは否めない。というか1の同じく幼馴染・あかりシナリオのライト焼き直し版という印象が拭えない。解決すべき葛藤も深くはなく、シリアスさも少なく、そしてテーマは「立ち位置の戸惑い」という類似品。何より、書込みの量が絶対的に足りてない。これは読者ターゲット層の違いなんだろうか? 自分が奈須シナリオに慣れすぎているからだろうか? いやそれにしたって、キャラクターの心情を伝え、プレイヤーの心を盛り上げるには、同じ流れであっても各シーンにもう少し筆を掛けて欲しかった。ノベル形式を取っているのだし、主人公・貴明の独白以外の「地の文」による描写がもっと多くても良かっただろう。結果、サクサクと進みすぎてしまう感じなのだ。
なお如星はPS2版をプレイしていないが、18禁シーンについてはエンディングが流れた後の完全な後日談という位置付けでの追加のようだ。ネット界隈を見る限り、一部キャラには本文追記や、18禁シーンの本編への織込みもあったようだが。(後日追記:シナリオ内に取り込んだパターンが半数以上でした) 個人的にはタダでさえ浮きやすいライトギャルゲーの18禁シーンが、後付けということもあって尚更浮いているように思える。ま、初々しさを楽しめた場面もあったけどね。このみの導入シーンはリアリティとネタの絶妙な混合で、キャラらしさも表れててなかなか満足だったし:)
さて一方でその軽さの中で、いやもう久しぶりというか、純粋に萌え萌え言ってしまったのも確かである。いやだってこのみ可愛いし(笑)。他のキャラクターも「ツボ」を突くようにはできている。このスタンスこそが、TH2を楽しむための重要な位置取りなのかもしれない。
……とまぁ、こんな調子で恐らくTH2Xを最後までやっても、上までで書いたような感想で終わっていたかもしれない。──由真シナリオ、そしてPC版追加であるささらシナリオをプレイするまでであれば。
先に述べておこう。TH2Xは意図せぬ買い物であったが、この「さーりゃん」こと久寿川ささらシナリオだけでも、購入し、プレイに時間を割いた価値はあった。またささらシナリオには及ばぬものの、由真シナリオからも十分な物語の手応えは感じられた。後者は本当に「終盤にあと二倍書込み量が欲しかった」という非常に惜しいパターンなのだが。(なおこれでもPS2版からは加筆されてるらしい。エピソード自体の追加らしいのだけど、さらにシーンの厚みを増やして欲しかったなぁ)
とりあえず概観はこれまで。この後ささらシナリオレビューを予定中。……いや正直、今後ささら二次創作小説に進んでしまいそうなインパクトがあり。「ちょっとこの段階で書いておきたい理由」とはその準備段階として、一刻も早くTH2について自分の考えを文字にしておきたかったからに他ならない。ま、後述。
今日の一滴="−−−−" (2006/01/03)
余談ではあるが。如星の個人的な感想としてさほど気にならない程度であっても、世の中からは「ヘタレ」と言われてしまう主人公たちがいる。TH2の主人公たる貴明君も、特にささらシナリオでは「へタレ」と称されているし、そういえば我らが君望主人公・孝之君も随分とヘタレ呼ばわりされたモノである。……いや、確かに紛う事なきヘタレ君なんだけどね、両人とも。
ただ一方で、ゲームシナリオが「現実的」であればあるほど、その主人公はヘタレと呼ばれる割合が増えるように思える。如星自身はあまり気にならない、という面も恐らくそこから来ていて、要するに彼らを見て私は思うのだ。それがゲームメディアとして相応しいかは別として、「然り、ヘタレである。だがそれは普通ではないか」、と。
そもそもギャルゲにおける「ヘタレ」とはどういう存在か。大抵は八方美人的な面を持ち、決して極度には社交下手ではない。一方で八方美人故に優柔不断で、また全方位にいい顔を保とうとする。表面以下にある相手の心情を察するのは下手。自分が傷つくことにとても臆病───といった辺りだろうか。加えて忘れてはならないのだが、ゲームの性質上、主人公は決して「恋愛場数を踏んだ手練」ではない。そこそこ見栄えはするが所謂イケメソではない、というのが定番の設定である。
なお八方美人であるのは「攻略ゲームトークン」である以上ある程度止むを得ない。一部のゲームコンセプトを除き、主人公は最低限の会話能力を持ってないと話にならないしね。
その上で、先の台詞が登場する。「ヘタレで何処が悪い」。例えばゲームプレイヤー諸氏は、主人公達と同じく恋愛経験薄かりし頃、あるいは現在進行形で薄い時、彼らを過剰なヘタレと呼べるほど巧く色恋をハンドリング可能だろうか。……いや自分ならせめて、と言う前にもう一つ重要な指摘がある。例え一人称型のゲームであってすら、我々プレイヤーは傍目八目、神の視点を持っているというコトだ。主人公には見えない微妙な機微も示される。複数日分の記憶を俯瞰しているが故に全体も見えやすい。一方で、現実世界で恋愛当事者になった我等の、なんと近視眼的なことか。恋は盲目、いや逆に己が盲目を恐れ、相手の示すささやかなサインを一般的好意と過小評価したり、舞い上がっている自分を恐れ、友人関係すら壊したらどうしようと思い悩む日々。セーブもリロードもない世界で、今相手に対し得ている立ち位置、さらには周囲の人間関係までをチップに載せて、立ち止まることも長考も許されず、我々は震える手でカードを手繰る。(それをどうしようも無く楽しいと感じる人と、どうしようも無く苦痛と感じる人には別れるけど。)
現実の彼らが得ている情報が格段に少なく、また彼らが基本恋愛初心者であるという二点を踏まえると、むしろある程度へタレであった方が「現実感」は増すように思う。シナリオ自体が現実的であるならば、主役の行動も現実的でないと違和感が湧くしね。ただし先にも述べたように、それがゲームとして宜しいかは別の話だ。主人公にはある程度理想を重ねるのは普通だし、スカッと俺たちにできないコトをやってのけるッ!というのが楽しみでもあるだろう。だから何も「全ての主役よ、ヘタレたれ」と言いたいわけではない。ただ物語性を楽しむ、という方向の話ならば、ヘタレってそれ程嫌わなくてもいいんじゃ、と思ってしまうのだ。
以上、伏線埋設終わり(笑)。わーい、なんか久々にゲーム小説サイトらしいネタを書いた気がする。何かの間違いでここを読んでる人たちが音を立てて引いていった
のが聞こえるが、まぁそれはそれで。
ちなみにこの辺に若干続く。
小説サイトらしいと言えば、久しぶりにWeb短編小説を公開いたしました。
といっても書籍版のWeb再録。Fate/staynightイリヤスフィール小説「雪の境界」です。もう一年以上前の作品で、以降再販予定もありませんので公開に踏み切りました。いやー、ようやくTYPE-MOON小説がひとつWebにあがった形になります。
なお後書きでも書いていますが、TYPE-MOON二次創作小説はWebとの相性が今ひとつ。要はルビ打ちがとても多いのです。今回は試験的にほぼすべて強引にルビを入れてみましたがどうでしょうか。ご感想をお待ちしております。
今日の一滴="−−−−" (2006/01/04)
例によって新年初の外酒日記を書いておこう。ぶどうさんに誘われて近場で焼きトンを食い、そのまま今年はLe Jazz@横浜へと出撃。
そういえばルジャズは日記初出か。如星日記に良く登場するStonefreeや、今は無き名店Cafe Serieを立ち上げた方が社長業を譲って引退し、別個に昨年はじめたバーである。ローカウンターの小さな寛げる店で、高クオリティな酒の揃え、チーズやフードとの合わせを追及するスタイルは変わらず。如星自身は弱くて呑めないのが残念だけど、ワインにも恐ろしく力を入れている模様。ちなみに全体として黒を基調に、深紅のベルベットカーテンやローズウッド(?)のカウンター等、あくまで落ち着いた内装だけどゴス・アンティークな雰囲気も盛り込んでいて、個人的にはその辺もお気に入りだったりする:) 公式ページの"About"辺りを見てもらえれば雰囲気がつかめるかな。
まずは串物を食ってきた胃袋を流すべく、さっぱり目のスターターとしてアニス系のリキュール・ぺルノーをペリエで割ってもらう。割り物にペリエを選択する氏は流石で、ソーダよりも飲み口細かく、水割りよりも香りの立つ素敵な食前酒。思い切り南仏系の飲み方らしい。
つまみは黒オリーブを更にオリーブオイルに漬け込んだのやら、ギリシャ風につけたセロリ、ピクルス等。小物野菜が一々旨いってのは、バーでもレストランでも変わらない良店の条件である。
……ごはん。Stone時代の裏メニューだったとか。実に上品な蟹の味わいを、残ったペリエでガツガツと。何しにきたんだ藻前らという感じだが旨いんだからしょうがない。
ラミ・ドゥ・シャンベルタンとロックフォールの希少なタイプ(名前失念)が絶賛本領発揮中。この他「もうそろそろ終わりかも」というモンドールを堪能し、ブリア・サバランに黒胡椒と蜂蜜を添えれば、その辺のチーズケーキよりも断然旨いデザートに。
酒の揃えや雰囲気、よきマスターに恵まれたバーは多かれど、この品質のチーズだけは、ここやストーン以外のバーでは滅多に味わえない。何度も書いてるけど、チーズは扱いの難しい商品だし、そもそもこういう極上のチーズと酒を合わせるという発想自体が余所ではなかなか生まれない。俺は地元横浜でそんな道に出会えた事を本当に感謝している:)
さてそのチーズを迎え撃つは、ブランデーにも似たバーボン。確かに香り立ちはブランデーのように芳醇で、でもバーボンの樹液のような甘さ、煙っぽさも健在。これだけのパワーがあれば、上のようなチーズにも負けないしね。今年はバーボンをもう少し開拓してみようか、なんて思ったり。
……名前忘れた。チーズとの合わせですいすい酒が進んでしまい、チーズの方が余ってしまったのでもう一杯。こちらは正統派のアルマニャックで、ウォッシュのラミ・ドゥ・シャンベルタンと絶妙。なお一方のぶどうさんはここで久々のマールを堪能していた模様。……どうも最近は日本酒ばっかだったらしい。それも極上の。実にぶどう氏らしい:)
酒話をぶどうさんやバーテン氏ふたりとつらつらしているうちに、飲酒文化に話が及ぶ。今の日本人って、親から旨い酒の飲み方を教わらないなぁ、ということ。フランス辺りなら、上等のワインの飲み方は家庭で学ぶものらしいけど、日本はやっぱ一度あの戦争で断絶してるのかな、とか。更に如星の個人的な意見としては、学生時代に「飲み屋カクテル」と「学生呑み」で酒を知る人が多く、結果「お酒っておいしくない」又は「ジュースみたいなもん」と思い込んだまま社会人になってくる人が少なからずいるように思う。ホテルバーに行ってすら騒ぐことしか知らない連中。「とりあえずビール」という思考停止を後押ししてるのは誰だろう。……そういう人は結局安さだけでソラマメ雑酒に走るわけで。日本酒にしてもビールにしても、日本の酒造メーカーは「文化」の醸成に関しては「何やってんだか」と思うことは多い。
一方で、ワインブームが来て、日本酒が来て、焼酎が来て、ベルギービールが来て、ブームはブームとして蝗のように去ろうとも、その後には「旨い酒を飲むこと」を覚えた人が、また少なからず残る。そういや、日本人の造ったモルトは世界に誇れる酒に育ってる。飲み屋文化にしたって、こんな素敵な酒処に通っている人もいる。ま、そうそう悲観することは無いのかもね。
今日の一滴="−−−−" (2006/01/06)
私的メモを兼ねて。昨日数年来愛用してきた茶壷(中国急須)を割ってしまった。
ここ数日妙に左手からいろいろ物を落とすことが多く、アル中かよと笑っていたものだけど、遂に遂にやってしまった、という感じだ。……元々そんなに高い物ではないのだけど、だからと言って即ひょいと買い直して済む話ではない。茶壷ってのは使い込めば使い込むほど味わいがでるモノなのだ。釉薬の掛かっていない土器であり多孔質なので、洗剤などは一切使わず、出涸らした茶葉で念入りに磨き洗い、時間をかけて茶を馴染ませていく。ま、本気で「養壷」と言えるほどの手間は掛けていなかったのだけど、にしたって還らぬモノは還らず、なんとも凹む話である。orz
……とまぁ嘆いていても仕方ないので、中華街悟空茶荘に出向いて朱泥の手頃なのを確保。特に内側を念入りにブラシで磨き、良く洗った後に手鍋で茶葉と煮込むこと小一時間。さらに火から降ろして数時間放置する。こうすることで茶壷の泥臭さが抜け、利用開始可能になるのだ。
というわけで、メモ。この茶壷が長生きすることを切望しつつ、万が一また割ってしまった時、使い始めた日を思い出せるように……(苦笑)。
今日の一滴="モルト:ポートエレン" (2006/01/07)