VERBA VOLANT, SCRIPTA MANENT.

如星的茶葉暮らし

■ 02月 ■

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酒の一滴は血の一滴。茶の一滴は心の一滴。ネタの一滴は人生の発露。


 

【2010-02-01-月】

ここしばらくの摂取物メモ:小説編

すっかり日記を書く習慣が抜けてしまって以来、小説や映画のレビューなどもご無沙汰のままだった。

他人が読むことを考慮しつつ感想をまとめる、というのは自分の考えをまとめる行為であり、そも昨年11月頃からはメカ本等々もあって碌にコンテンツを摂取できていなかったのだけど、その少ないインプットに対してでも本来やっとくべき事だったなぁとちと反省中。

というわけで、ここ2-3ヶ月で摂取したもののメモをちらほらと。まずは小説辺りから。

田中ロミオ「人類は衰退しました(5)」

「事態は何も進まない」というラノベフォーマットの極みを行ってる作品だけど、変わらず読ませるというのは巧い。

あの1巻〜2巻の、妖精⇔人間の視点反転による「アルジャーノン世界の解剖」みたいな作りをラノベでやってのけた面白さは無いけれど、3巻以降はまるで「なんちゃら劇場」のような日常風景の展開だけでも物語が成立している上、そこそこネタも効いている。高い文章力の成せる技と言う奴で、これが「読み物」って奴かと納得する事しきり。

かと思うと、5巻前半の学校過去モノではチクリと「あの内気で孤高な子供の感覚」を見事に、かつさらりと描いていて、日常四コマ的なぬるま湯を期待してきた読者を軽く叩いてみせる。こういう作者の掌の上で踊らされる感触、嫌いじゃないんだよなー:)

うえお久光「紫色のクオリア」

もやしもん風に表現するなら「ラノベって奴は、こういう作品をしれっと成立させちゃうんだから侮れない」。読んだのは実は結構前だけど、今改めてでもメモしておくべき、と思える「すごい作品」だった。

そもそも、基本的に「電波系」や「不思議ちゃん」ヒロインが苦手で、行動原理を見せないまま延々宛先の見えない話を展開する作品は速攻で壁に投げてしまう如星なのだけど、最初の「自称・他人がロボットに見える少女」絡みのくだりが嫌味無く読めてしまう時点で「おやっ?」と思う。そしてこの手の微百合不思議系で話が進むのかと思いきや、確率の雲で構成された宇宙を縦横無尽に駆け巡る怒涛の物語が突如としてスタートする──この構成に殺られた時点で、もう読み手は作者の敷いたレールにがっちり嵌め込まれているのだ:)

確率やクオリアという、一歩間違えれば鼻につくガジェットをちゃんと物語に昇華させてるし、本来ラノベの領域では「分かりづらい」と敬遠される視点切り替えの連続を、遠慮なく、一瞬で、そしてシームレスにやってのける手法は、バッカーノスタイルを愛し、目標にすら掲げる如星としては驚倒の域である。

そーやってジェットコースタープレイを楽しませておきながら、最後の最後では奈須めいた「厳密なるルール」をヒロインの口から提示させて、そこまでの物語にズドンと重みを付加してしまう。その上最後の最後の最後に「読者サービス」めいたハッピーエンドを用意しつつ、その章題に「if」とつける「だけ」で、付加した重みが損ねられる事を完璧に防ぎつつ、ループから一歩抜けた読後感を与えてくれる。ああああ巧え! こういうオチの付け方、月姫以来の「全ての確率の雲に対する単一のエンディング」という表現自体、如星が大好きな代物なのだ。投了でございます。

ちなみに余談ながら、直前に「ささめきこと(漫画)」を読んでいたおかげで、速攻でキャライメージにささめきのあの二人が当てはまっていた……。ピタリすぎる:)

J・さいろー「絶対女王にゃー様(1〜2)」

タイトルや表紙絵に騙されるなかれ。看板に偽りあり!(褒め)

と言うか、さいろー氏によるあのポルノ小説の名作「SSS(Sweet Sweet Sister)」や「クラスメイト」を知る者からすれば、一瞬「アンタこんなところで何やってんですかぁッ!」と思いそうなタイトルも、その露骨な表紙絵も、冷静に考えればSSSの類型な事に気づくと思う。──いつもの如く、ほとんど看板詐欺に等しい(ひつこいようだが、褒めてる)、真っ黒ヘヴィーな内容を保証する:) 子供の闇、子供らしい歪んだ性、手首を切りそうなメンタリティを書かせたら、ホントこの方に並ぶ者無しである……。イラストレーターにしろ氏を持ってきた編集側の確信犯ぶりが素晴らしい。

……基本的にお勧めなのだが、しろ氏の挿絵が文中でもバンバン使われてるし、一般小説とは言え当然読めばおっ立つ文章の連続なので、通勤読書にはまるで向かないのはご愛嬌。HAHAHA。

こうして並べてみると読書領域偏ってしまったなぁ。まだまだ積み本が多いので消化しないとねー。

とりあえずノンフィクション編や映画編に続く予定。

(2010/02/01)

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【2010-02-02-火】

ここしばらくの摂取物メモ:「疫病と世界史」

先日の小説編に続き、いくつかノンフィクション編を。長くなったのでまずはマクニール御大の一冊を独立で。

ウィリアム・H・マクニール「疫病と世界史」

小説すら読む時間があまり取れ無い中、無謀にも手を出してしまったマクニール御大の世界史モノをようやく一つ読了。本来通勤往復わずか数分の地下鉄で読み進められる代物ではなく、上下巻読み終えるのに1ヶ月近く掛かってしまった……。

さておき、マクニール氏は名著「世界史」に代表されるように、歴史を個々の場所ごとの個々のイベントの集合体として捉えるのではなく、一本の巨大なストリームとして世界を認識し、そこから個々の構成要素に降りていくタイプの「大歴史家」である。今のところ「世界史」「戦争の世界史」「ヴェネツィア」と読み進んできたけれど、この「疫病と世界史」もまた、その大河ぶり(訳注:釘とは特に関係無い)を見事に発揮していた。

いやー、こんな短い書評でとても語れるものではないのだけど、ある意味人間史観に偏ってきた歴史家の視点を、まだまだ史料不足で推測が多い事をキチンと明記しつつも(事実、考察、推測の区別が明確なのは流石に小説では無く史書)、疫病という抗いがたい「運命」が動かしてきた歴史という形に「補正」を試みた一冊だ。

無論、本書は運命論なんてものではなく、歴史上に現れたさまざまな類型を引きながら、アフリカ、西アジア、西欧、インド、中国と、疫病の発生源、疫病と抵抗力の揺籃の地である「都市」、その殺戮現場である「郊外」の関係を明快に整理してみせてくれる。都市が郊外からの流入無しにその人口を維持できるようになったのはようやく19世紀であること、都市=郊外間にある権力的な寄生と疫病的な寄生に様々な類似があること、等々。南北米大陸の原住民がスペイン人の持ち込んだ疫病に殺られた事を知っている人は多いが、では逆に、何故米大陸の病原菌はスペイン人を鏖殺しなかったのか?という単純な疑問への答えを知る人は少ないのでは無いだろうか。現代の我々が馴染んでいる数々の「小児病」が、元々大殺戮を引き起こした疫病であったことも、意外なほど忘れられていると思う。その殺戮は、そのバランスは、何故発生したのか。この本は、その疑問に対する思考の原型を与えてくれる。

面白い小ネタとしては、例えば航海中の壊血病対策にライムジュースを飲ませまくり、後世に至るまで「ライミー(ライム野郎)」の渾名を奉られた英国海軍だが、実は高価なレモンの代わりとして登場させたカリブ産のライムはビタミン不足で壊血病の回避には大して役に立たなかった事、また嵩張るからと濃縮オレンジジュースを考案してみたものの煮沸で作ってしまったためビタミンCが壊れていてやはり無意味だった事等、この頃から英国軍伝説は健在だった事が分かる(笑)

もちろん彼らの名誉のために言えば、当時の「医学理論」が如何に貧弱だったかの証でしか無いのだが、一方例えば毛皮を取るある種のげっ歯類に対し「弱った獲物を見かけたら逃げよ」「状態が分からなくなる罠で捕らえてはならない」等の伝承が、動物が媒介する疫病回避に役立っていた例なども挙げられており、いわゆる禁忌や道徳の類の「発生理由」の一端を覗わせる。インドでカーストが生まれた一因もその辺りで解説してあり、いやはや、人間が意図的に生み出す「歴史」だけでは紐解けない「生物としての人類史」を見せてくれるのだ。

マクニール氏の著書としては比較的短い部類に属する上、文庫化もされているので、歴史の流れに興味のある方は是非どうぞ。創作の肥やしにもなると思いますよ:)

(2010/02/02)

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【2010-02-03-水】

ここしばらくの摂取物メモ:ノンフィクション編続き

昨日は「疫病と世界史」が長くなってしまったけど、この他にもちょいとノンフィクション系の続きを。

斎藤美奈子「戦下のレシピ」

これはメカ本の文化項目辺りを書く際にもかなり参考にさせていただいた。太平洋戦争下の、日本での「食事情」を描いた一冊である。大局的な食糧事情のみならず、特に主婦の視点から実生活上の「調達事情」から「調理法」までを幅広くカバーしている。

日本全体としての食事情の話は、すぐに大井篤氏の名著「海上護衛戦」へと連想が繋がってくる。昭和初期、戦争直前は明治以降始まっていた「空前の米食ブーム」のピークにあり、その時点で既に米消費量の20%を外米に頼っていたという事実。植民地であった台湾や朝鮮産が主体とはいえ、戦争前から既に食料を海外から輸送し無い限り日本は飢える構造になっていたにも関わらず、政府は「日本は戦時下でも食料欠乏に陥らない」などと寝言を言ってたのだから笑ってしまう。その後の日本がどうなったかはご承知の通り。最後には対馬海峡ですら渡せなくなった海軍の様を描いた「海上護衛戦」と、この「戦下のレシピ」は見事に直結してるのだ。

さておき、もう少し身近な視点で行くと、まずそもそも昭和初期は家庭料理の幅が一気に広がった時代であり、流通の進歩やインフラの普及、健康と衛生という国策が結実した時代だったと言うこと。「主婦」の調理能力が飛躍的に上がっていたことは、ある意味まだ幸運だったのかもしれない──「工夫は主婦が何とかせよ」と言えるようになっていたのだから。

一方、戦争中の食事というと「不味さ」や「少なさ」ばかりが目に行くけど、現実には「日々の食材調達」から「調理」に至るまで、無数の困難が存在している。食糧難などと言っても完全に実感が湧かない世代である自分にとって、指摘されれば至極当然の事ばかりながら、本書は目から鱗の描写の連続だった。

──毎日の数時間を配給の行列に費やし、万が一逃しでもすれば文字通り数日間食い物無し。灯火管制や頻発する空襲警報の下では、当然まともな煮炊きなど出来るはずも無い。味も食感もとにかく誤魔化さないと食えない物をひたすら粉にして食い、当然その為には調理にも異常なほど手間が掛かるという二律背反。いつ空襲警報が鳴っても火を心配せず飛び出していけるよう、毛布とダンボールで作る「スロークッカー」まで活躍していたという(ちなみに黒豆の煮方には祖母の代から「毛布で保温してスロークックする」方法が確立してたようだけど、案外こういう経験が反映されているのかもしれない)

前線の糧食の話でも、大上段の食糧事情の話でもない、まさに家庭レベルでの「戦争体験」。純粋に食の読み物としても面白いので、これまた是非お勧めの一冊だ。

同人誌情報他、オルタ関連など

冬コミで発行しました「オルタネイティヴ・ストーリィ2」、おかげさまを持ちまして好評をいただいております。

現在メロンブックス様にて委託中ですが、秋葉店でもしばらく見かけないなぁと思っていたら、店頭在庫は既に無い模様。通販側もあと僅かのようです。今後店頭側に在庫を回すことは難しいと思われますので、購入をご検討中の方は、通販の方をご利用いただければ幸いです。

なお、現在のところ増刷は予定しておりません。地方の方々を始めとして入手困難であった方々には大変恐縮ですが、同人誌ならではの出会い物と言う事で、平にご容赦くださいませ。

レイン・ダンサーズ

また一部お問い合わせをいただいたのですが、「神慮の機械」トップページでもお伝えしている通り、昨年「オルタネイティヴ・ストーリィ」に掲載しました「レイン・ダンサーズのプリマドンナ」につきまして、アージュ通販等で販売されたオルタセット内にてゲーム化をいただいております。

今回は「チキン・ダイバーズ」の時とは異なり、シナリオ修正や演出等はアージュ様側にお任せしておりますが、機会がございましたら是非お試しいただければ幸いです。

TSFIA「ユーロ・フロント」

告知が遅くなってしまいましたが、先月発売の月刊ホビージャパンにて、久々のユーロフロントシリーズをお届けしております。今回の戦術機はEF-2000タイフーンの「英国仕様」にて、キャラとしても今まであまり描写されてこなかったヘルガを扱っています。直情キャラって、やっぱいいですねぇ:)

ちなみに英国仕様のあのカラーリング、吉宗鋼紀氏やオルタチームメンバーでも色々と検討し、王室御用達風のダークブルーなども候補に挙がったのですが、最終的には吉宗氏の掲げた「ジャガーグリーン」をイメージして決定されました。流石にあの深緑にはならなかったのですが、こうして実際に出来上がってみると、意外なほどイギリスらしい(ちょっと胡散臭い)ノーブルさが出ている気がしますね!

なお、次号も維如星にてお届け予定です。既に手元に写真は届いており、ふふ、これまた書き手ながら楽しみな回になりそうです。乞う御期待。

(2010/02/03)

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