MACHINA EX DEO
如星的茶葉暮らし

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酒の一滴は血の一滴。茶の一滴は心の一滴。ネタの一滴は人生の全て。

【2003-12-11-木】

【falldown】

風邪と寝不足と疲れが祟り、ついにダウン。今日一日お休みをもらうことにしました……。

……しかしVPNと社内メッセンジャーがあるおかげで、ある程度は仕事のサポートができてしまうのですね(涙)。俺自身の冬休みにも関わってくることなので、眩暈をこらえつつ他人のコードレビューを。しかしやっぱり、コードを目は追えても頭が追っていかず、諦めて寝ることにしました……。

#この時は、まさか後でそれで文句言われるとは思わなかったけど。それも仕事サボった新人の逆ギレに_| ̄|〇

【コールド・ブルー】

風邪のときに妙に人恋しくなるのは世の常なのか。独りでいる事が好きではあるけど、でも他者に依存しないと生きていけないヴァンパイアたる如星としては、やっぱいろんなことをぐるぐると考えるモンです。

如星は中学から高校に至るまでのある時期、アメリカ在住の最初の2年間を、文字通りの凄まじい孤独で過ごしました。その時に独りで生きることに慣れつつ、同時に凄まじく寂しかったはずで(はず、というのはその頃の記憶は各種防衛機構により相当部分封印されているので)、その反動が帰国後にいろんな面で現れている気がします。一つには、孤として自分を守るための凄まじい攻撃性、論理武装。一つには、ひとたび友人となった後の、胸襟の全開っぷり。特に帰国直後の1〜2年間はその傾向は顕著で、当時如星の人間関係は、「敵か友人か」という両極端の2つしか存在していなかったのです。

今では歳を取って丸くなったからか、あるいは過剰な自己防衛を不要とする程度には「自分に自信を」取り戻したからか、さすがにそんな両極端さはなくなりました。が、それでも「他者のステータスは最初は敵から始まる」「どうでもいい人とどうでもいい会話をするのが嫌い」などの点に、染み付いた性格が残っているのですが。

そして今も変わらず、そしてこれからも変わらないであろう、「独りが好きなのに寂しがる」という矛盾した根本の性質が残ったというわけです。よく冗談めかして「人がいないと生きていけないヴァンパイア」という、アレでございますな。ま、その性格、自分では結構好きなので問題ないんですけどね。

つらつらと、風邪の時にはぐるぐると。そんな日記にオチなどあるはずがありません(苦笑)

今日の一滴="茶:マサラチャイ(インド系スパイス)" (2003/12/11)

【2003-12-12-金】

【かのちゃ】

昨日の休み分の仕事を無事翌日にほぼリカバリーして(これで文句は言われないはず……と思っていたんだが。くどいようだが、まぁ後日後述)、体調を考え早めに退社。……いや、風邪を理由にどうでもいい忘年会から逃亡したというのは秘密です:)

ところで、想像できないモノは悪い方に想像する、というのはヒトの性かもしれない。悪いとまで言わずとも、言葉にできぬ気持ち悪さを感じたり。極端な例でいえば、これは戦争の原因にすらなり得る──両国の国民や政府が、両国が向き合っている「現場」の現状を想像できなかった為に、お互い両極端な指示を現場に出した結果、戦争になる──これは情報の伝達手段・速度が貧弱だった時代にはままある話である。今でも理解の努力が足りてない辺りは皮肉であるが。

皮肉にも、この種の戦争勃発を防ぐのにもっとも効果があったのは、二重スパイだそうだ。お互いの国の情報を、ある程度でも両国に伝えることで、両国政府の脳内に相手の実像に近いもの結べる。ここで重要なのは、別に実像のままである必要はナイ、ということだ。相手の状態、相手の対応を「想像できると思って」いる間は、悪い方向に想像力が働かないからである。

さて、戦争の話はともかく、この「無知は悪感情を招く」の法則は、身近な人間関係にも適用できると思う。

例えば端的な例は、子供の居場所を確認したがる親だ。学生の頃、自分が何処にいるのか電話ででも報告しろ、と言われていた人は結構いるのではないだろうか(かく言う如星は放任されてたのであんまりないのだが)。この時に「親の知っている友達の所にいる」と言えば親が安心するのも、その状況であれば親が想像を「映像化」できるからだと思う。顔を知っていて、場所を知っているだけで、状況を勝手に映像化して納得してくれる、という寸法だ。現実には何処かへ遊びに言っていたり彼女の部屋にいたりするのかもしれないし、一部の真実を嘘に混ぜる事を知らなければバレるコトもあるだろうが:)、現実にその友人宅にいるかどうか自体は問題ではないわけだ。

逆に誠実にこの法則を使うこともできる。友人なり彼女なり彼氏なり、一番楽なのは堂々紹介して、堂々そいつといる、と伝えるコトである。見えないからこそ悪い方向に想像するわけで──彼氏彼女の場合、親の想像は大抵当たってるんだが──見せてしまっておけば安心されるというワケだ。いや誠実じゃないかもしれませんが、まぁそれはそれ。

要するに何が言いたいかというとですね、忘年会から逃げたにも関わらず、本日同じく早く上がった相方と共に聖地外神田某こすちゃに出没していたのは、最近良く会っている常連仲間たちの「顔と店での雰囲気」を知ってもらう事で、想像のタネを掴んで欲しかったからでもある、というコトである:)

いや別に後ろめたいワケデハナイデスヨ?(;´Д`) 元々ウチらは非束縛、自由気ままが基本でありますし。が、にしても「良く出かける相手及び場所」なるモノを知らないまま繰り返される、というのは精神衛生上良くないことは確かなワケで、そいつをささやかにでも解消してもらえれば、と思ったのでありますよ。まぁ場所については、相方は昼の常連だから紹介不要だったんだけども。雰囲気とかね。

引っ張りまくってこんなオチですいませんすいません。

今日の一滴="−−−−" (2003/12/12)

【2003-12-13-土】

【雑感】

愛されるものは責任など感じる必要はないのでございますよ。

愛されているというただそれだけのことなのでございますからねぇ……。

──観用少女プランツドール、店主

真面目な人間ほど真摯に悩むけど、まぁそういうことで。

【behind the toilet】

ちょいと前の話。贔屓にしているCafe Serieである日トイレに立ったとき、ふとジャケットを掛けるフックが欲しいなぁ、と思ったのである。あの店ではコートは脱ぐけれどジャケットは着たままの事が多く、席にも置かずそのままトイレに来る事がほとんどだからだ。で、まぁ馴染みさんの気楽さもあって、トイレから出たときにさらっとその事を店の方に伝えておいたのである。

そして後日(これも実は結構前なんだが)、立ったSerieのトイレの扉裏には、キチンとフックが取り付けられているではないかっ。しかも聞けば、なんと俺が「フックあるといいっすね」と軽く伝えた翌日には買ってきて取り付けたのだとか。……速攻自分のコメントが反映されていて、なんだか嬉しくなってしまった。ささやかな事だけど、やっぱりこういうのはいいね、店の客に対する考えがわかるというか。もちろんこの対応の速さは小規模の店ならではかもしれないけれど、要望を伝えても放置プレイの店が多いだけに、打てば響くような小気味よさに思わずニヤリとしてしまう。

#ちなみに、「ご意見ご要望」などと紙に書かせている店ほど、そいつが再生紙にしか変換されないという法則は不変のようである:p

ま、大した事ではないのだけど、嬉しかったのでage:)

今日の一滴="−−−−" (2003/12/13)

【2003-12-14-日】

【タイトル未定(苦笑)】

「ラスト・サムライ」鑑賞終了。

最初に耳にしたときの「ま た ハ リ ウ ッ ド か」という嫌な予感は、「いや実は気合が入っている」という期待に少しずつすりかわって行ったこの映画。実際に見てみると、いやー、今年見た映画の中ではかなり良い部類に属する映画じゃないでしょーか。笑いどころも泣きどころも、個人的には萌えどころもあり、非常に楽しめる作品に仕上がっていました。

後ほど詳しく記述。

今日の一滴="−−−−" (2003/12/14)

【2003-12-18-木】

【ジビエ喰い】

件のトラットリア、プレチェネッラ@横浜にてジビエを食ってきました。いやー、この季節「肉」が食いたくなるモンじゃないですか:) そこで焼肉と言うのもいいけれど、やっぱり「にぐ食っちょる」という感をかみ締められる野性味あるジビエとゆーのも幸せなのだ。

プレチェのシェフが「ジビエ食うなら年内が揃えがいい」と聞いたので、肉愛好家のP師と相方を誘い、キジ、ウズラ、猪なんぞをワシワシと食ってきたのでありますよ。まさに「肉の喜び(違)」。「いかにもジビエ食ってる気分に浸りたいならこれ」というシェフの勧めに従い自分が選んだキジは、昔ながらの形容詞「野趣深い」肉の味を、プレチェ流の丁寧な味付けが包んでいる感じ。いやー、流石。

……えーと、オチどうしよ(汗)

今日の一滴="−−−−" (2003/12/18)

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