神慮の機械・如星的日々の雑文

MACHINA EX DEO

如星的日々の雑文

今日の雑文:雑文十番勝負

お題:雨の街、出会い(おまけ編)


「雨に濡れる彼女たちの日常」(もう一つの出会い)
その日も、雨が降っていた。

「──なんて、不様」

止むことのないこの嫌な雨も、今日ばかりは意識の端にも昇らない。いや、むしろこの身体から滴る血の匂いを洗い流してくれるのだから……まだ救われてると言うべきね。

敵の力量を見誤る不様。身体に傷を負う不様。寝床に戻らなければ逃走も反撃も出来ない装備。自分の準備不足に感じる不様。
血液中のナノマシンの過半が回復に回り、首から上に靄のかかったような不快感が昇ってくる。それでも私の意識野の片隅では、自分が付けられている事実を感じ取っていた。……なんて、不様。

あの男、ヨウの言葉が不意に思い出され、その事実に私はまた不愉快になる。

『敵にこちらを瞬殺する意図がないのなら、その時間を最大に使うのだよ、紗代』

……思い起こすまでもない。遙に叩き込まれた無数の技能を以って、密かに敵の戦力を把握する。……二人組ツーマンセル。チンピラ風を装う為か、皮膚装甲は厚くないわね。敵の反撃を考慮していない、いわば捨て駒。……その事実に私は希望と自信を取り戻す。──この傷を持ってしても、殺れる。


とはいえ、この場所でコトを起こすのは得策ではない。
人目も付かない──ついても干渉されることのない──寝床まで戻り、油断を装って誘い込めば……

「これであの寝床ベッドともお別れね。五年間、まぁ長かった方かな」


寝床を変えることに感傷はない。
ただ一瞬、マヤの事が頭をよぎった。……まぁ、ついてくるも来ないも、彼女の自由ね。
残ることを選んで殺されるなら……それも、それまでのこと。

そう、思っていた。

だから、やがて家の扉の前で雨に打たれ独り立っているマヤを確認したとき、完全に予想外の事態に私は思わず舌打ちした。不確定要素としても、これは大きすぎる……!

「……マヤ!? 何をしているの、早く中に入って──」

あの日に見た白のワンピース。四年前には自分の身体ほどもあった大きな鞄を傍らにおいて。
……私の戦闘意識は、ゆっくり上げた彼女の手に握られた鉄の臭いに集中した。ソンナモノを支えられるとは信じ難い程すらりと細く、この上なく白い彼女の腕。

その銃口が私を狙っていないことを本能で確認してから、ようやく私の口は動きを成す。

「ちょっと、そんなモノを持ち出して、何を……!」


戦い慣れた私が見ても、標準以上の滑らかな動き。警戒するにはあまりに幼い少女の外見と、遥かに危険な私に向け過ぎていた注意が幸いした。後ろの尾行者二人は彼女に気づく間もなく──

刹那、サイレンサーの低くくぐもった銃声が、雨脚を貫き私の耳に到達する。


「……マヤ」
「私だって分かってるの、紗代。銃の扱い方はお客様に教わったわ」
「あなた、その鞄は……」
「ここを出るんでしょう? なんとなく、分かったから」

よく見れば彼女の鞄の傍らには、私の『商売道具』の詰まったスーツケースが転がっていた。
……いつでも寝床を離れられるよう、常にまとめてあったとはいえ。彼女がそれを把握していたなんて。

「……私もこういうことが出来るんだって、紗代に知って欲しかったの」

私に拾われたあの日、私を見上げた目。
純粋で無感情な、深い宇宙のような色の瞳。今私は初めて、その瞳に『興味』という感情を認めていた。

「私なら、一緒に行っても……いいよね?」

足手まといと感じているなら。今この場で彼女を射殺して、一刻も早く立ち去るのが一番利口。
……なのに私には、彼女の申し入れを断る気持ちがまったく浮かんでいなかった。


「大したものね」


だからそれが、私の答え。
ヨウがかつて私にくれた最高の賛辞。

……ホント、運命が繰り返すような符合の一致。でもそこに不安は感じないわ。私なら……私とマヤなら、もっと巧くやれる。そう、信じているから。


降り止まない雨の中。
血の臭いを押し流す雨の中。

私たちはそれぞれの鞄を手に取った。
……マグダーレンはまだ信用できるわね。とりあえずは、安全なベッドと弾の補給。ブレードのメンテは諦めましょう。そうそう、もちろん落ち着き次第、織揮のヤツに裏切りの報いを与えてやらないと……


この日こそが、マヤという妹との二度目の出会い。
私の妹、私のパートナー、いつか私を殺す者との、本当の出会い───

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