そのサボテンには毒がある。
人を惑わす甘い毒。焼き刺すような熱い毒。
ガラスと琥珀のレンズの向こうから、私は世界を眺めてる。
私の座るこの場所からは、社会の縮図が見て取れる。
疲れていても目の輝きを残しているビジネスマン。傾けるグラスの中身のように濁った瞳のサラリーマン。無責任な未来を語る学生に、甘く語らう恋人たち、氷よりも冷たく別れを告げる男と女。静かに酒を作るバーテンダーの腕の動きに、静かな世界がゆっくりとかき混ぜられる。
そんな中でも、この一人。
いつも私の前に座るこの男。薄い黒のコートを纏い、毎週飽くことなく店を訪れ、物憂げに独りグラスを傾ける。皆が時を忘れるバーの中で、彼は常に銀の懐中時計をカウンターに開き、針の刻みを肴にまた一つグラスを空けていた。
待ってるんだよ。
そう彼の瞳は言っている。他の誰にも分からない。バーテンすら気づかない。ただガラスと琥珀のレンズを通して彼を見つめる私にだけは、彼は心を許してるのさ。
だから私もこう思う。
いつか私が隣に行くまで。このサボテンの毒が晴れ、琥珀色の濁りも消えて、彼の瞳の色を初めて見られるその時には、きっと彼の待ち人も来るのだろうと。いつかその時その日まで、この毒は決して無意味じゃない。彼の傷を甘い毒で忘れさせ、彼の期待を熱い毒で覚まさせる。常に彼の前に座る私と、常に私の前に座る彼の、そんな関係。
そのサボテンには毒がある。
人を酔わせる甘い毒。押し倒すような熱い毒。
いつか私に積もる琥珀の酒尽きて、彼に待ち人来るその日まで。
私はボトルの底で、今日も待ちぼうけ。
───ポルフィディオ・シルバー・カクタス。
訳注:ビンの中にガラス製のサボテン君が突っ立ってるテキーラのことです。