神慮の機械・維如星的日々の雑文

MACHINA EX DEO

如星的日々の雑文

今日の雑文:手紙

でかいと聞いていたが、でかい。

表向きは煉瓦造りの、馬鹿みたいにでかい建造物。人を威圧するような大階段。
無慈悲な壁を象徴するような広い外壁には、大きなゴシック文字が嵌め込まれている。

YOKOHAMA PORT AUTHORITY
CENTRAL POST OFFICE

横浜港湾庁中央郵便局。
たまたま僕の住むエリアが所有する情報量が平均以上だったために、ここの中央郵便局はこんなにも馬鹿でかいのだ。……それにしても、そんな威圧するような古臭い権威主義は、少々滑稽ではあった。

もちろん、それは仕方の無いことだ。
まだ人々が中央郵便局の重要性を心から認識できなかった頃に、啓蒙運動の一環としてこの外装が選ばれたのだから。少なくとも僕に対しては、その意図は多少なりとも果たされたと言えるだろう。周囲との調和を考えて、横浜らしい赤レンガで装っているのがせめてもの救い、かな。

忙しい就職活動中の身を押して、わざわざここまで来るはめになるとは。
最近の厳しい就職事情を盾にした説明も、母親の責任完遂主義には勝てなかった。本当にこれが僕の責任かと考えると、いささか憮然としなくもないのだが。

「送り出すまでをあなたがやることが、大切なのよ」


そういうものだろうか。
ともあれ、内容保証送信、配送証明送信の両方を揃えて送るとなると、やっぱり町の郵便局じゃ扱ってくれない。何せ必ず戻ってくる情報量があるわけだから、情報の引当調整機関と直結する中央郵便局に直接投函するしかないわけだ。

ふう……。
何気なく溜息をつく。まあ、この建物を見に来たとでも思えばいいのか。


───聡子、なぁ。


僕に妹がいると知ったのはつい最近のことだ。

しかも境目の向こう側にだという。まだ生命の萌芽程度の情報なら境界を越えて送れた最後の頃に、両親が投函した遺伝子らしい。分断される世界の、ひとつでも多くのピースに自分達の遺伝子を送りたいという欲求は、15年前には確かに当たり前のことだった。とは言え、アレだけ運の悪い両親がそんなチャンスを得ているはずがないんだけど……案の定、どうやら違法投函のようだ。あの人たちにも若い頃があった証明のようなものか。

聡子は情報劣化が激しいらしく、遺伝子の欠損情報を補う必要がでてきたらしい。
それで、古い配達記録を頼りに両親の元へ連絡をよこしたようなのだ。

しかし───はあ、そんなことを言われましても。
21になって初めて聞いた存在で、しかも一度も会ったことが無い妹ってなんだろうか。それは肉親と呼ぶべきなんだろうか。ごく近い遺伝子情報───互いに遺伝子欠損を補える唯一の情報源───を持っている人間が生きている、という以上の事象だとはどうしても思えなかった。

だから。

ただ単に、頼まれた遺伝子情報に数メガバイトの情報を付加しても料金が同じだから。
あらゆる命あるモノを拒む境目を、ただ自分を作っているだけの情報に越えさせるのが癪だったから。

だから、手紙をつけた。ただ、それだけのことだ。


手続きは酷く簡単なものだった。
無機物以外到達できない隣の世界へと送られる通信とは、とても思えないほどに。


ぼんやりと道を歩く。
ふと聞きなれぬ駆動音に今出てきた郵便局を振り返ると、施設の上が開いて蒼い光の柱が立っていた。

……ああ、ゲートだ。初めて見る。
僕の手紙はまだ情報引当が完了してないから、この光には載ってないはずだけど。

この細く調整された光だけが、手紙を、写真を、送金情報を、ビジネスレターを、この世界を造る情報を載せている。境目を抜けて、別たれた組織へ、友人へ、恋人へ、家族へ、世界へと送り届ける。
ヒトは基本的に寂しがり屋だから、際限ない情報交換を欲してしまう。だからこそ、このエリアの情報量が枯渇してしまわないように、各エリアの情報バランスが破局を迎えないように……郵便局は、そこにある。


さてと、任務完了。
もし聡子から返事がきたら、その時は───

……いや。生身で会えぬお互いが、ビデオメールを交換する必要はない。
また書けばいいさ、この手で、妹に伝える、言葉を。


かばんの中の携帯電話が、次のセミナーへ急げとアラームを鳴らしていた。
その瞬間、かつてこの世界の『空間の死』というモノをぶった斬ってしまった男のことが、なぜか今までに無く恨めしく思えてきた。だけど、ソイツのやったソンナコトがこんな不思議な肉親を生み、そして俺たちはまだ情報でつながっている。あきれるぐらい、人類ってのは強い生き物らしい。


送り出した想いを振り払うように、僕は会場へと走り出す。
死んでしまった空間を繋ぎ戻そうとする仕事は、科学者達に任せておこう。

沖縄エリアにお住まいの、長宮聡子様へ向けて───ゲートは、閉じたから。

あるいは、そんな一日。
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