右巻き螺旋を描く水。
派手な音を立てて身体を打つ癒しの熱さも、流れ落ちてしまえばただのお湯。ただ黒い
排水溝の底へ流れ落ちて行くだけ。ただぼんやりと、ぼんやりと、脊髄だけの思考で身体を洗い流していく。
こんな時は脳味噌への外部入力が全て遮断され、頭の中でひたすら
内部思考を回していられる。巡るのは明日のこと、今日のこと、来月のこと、去年のこと。とりあえず何から片付けよう。晩飯はどうするかな。アンライスの新作は読みたくないな。彼は今頃どうしてるだろう?
運命は皮肉。……英語を直訳した
「運命にゃ皮肉のセンスがあるらしい」の方がしっくり来るけど。
何故なら、言霊に乏しい人の頭に言葉が閃くのは、こんな裸の時だから。この現象だけは、ギリシャの昔から不変の事実らしい。……人間の反応も似たようなもので、アルキメデス宜しく「ユーレカ!」とでも叫んで飛び出していけばいいんだろう。
そう考えてはたと気付く。
思いつきを叩きつけておくなら、ノートPCに打ち込むのが一番いい。運良くPCは机の上で蓋を開いている。 ……けど、このまま飛び出していったらキーボードは水浸し。ノートPCってことはすなわち本体も水浸し。20万円の損害である。
なら手を拭いて出て行くか。いや腕まで拭かなきゃだめだろう。そもそも今は冬、全身拭いてからじゃないと寒くてしょうがない。なら軽く鉛筆書きでもしておくか。いやいや、アナログのメモなんて見返す俺じゃない。そんなメモの存在すら忘れて、そのうちゴミと一緒に丸めちまうのがオチだ。
ああ古人は偉かったな。蝋板にメモする手間すら厭わずに。偉いよ、ほんと。
そうこう考えているうちに、閃いた言霊はどんどん消えていく。
焦って目の前の鏡に指で書いてみようとしたけれど、それも所詮は無駄なあがき。
「はぁ……」
自分の深い溜息が耳に届いた瞬間、つられてシャワーの音が戻ってくる。
再び巡り始める思考。明日の仕事、今日の研修、来月の旅行、去年の事件。とりあえずズボンにアイロンだ。晩飯はあれで済ましておこう。シモンズの新作が出るよなぁ。彼は原稿に追われてるかな。
……さて。とりあえず一杯やるかな。
そもそも乏しい俺の言霊。
その多くは、風呂場の底に
沈んでいる。
あるいは、そんな一日。