君が望む永遠〜短編サイドストーリー

MACHINA EX DEO

誰かのためにできること・1

「誰かがしてくれること」


すかいてんぷるは、今日も平和である。

「孝之さん孝之さん大変ですっ!」

「どうしたの玉野さん?」

「先輩が情け容赦ない斬撃をお客様にっ!」

「もうこれで3人目か……どこぞのネットにでも載ったか、夏服の終わりが名残惜しいのか……。あ、もうほっといていいよ。それより5番テーブルの皿下げて来てもらえる?」

「よろしいので?」

「うむ。戦いを見守ることもモノノフの勤めである」


本当は「敵」の姿をのぞき見て、敵が早々に退散するであろうことを確信しただけである。……すかいてんぷるの核弾頭に勝てる客など存在しない。問題は曲がりなりにも客相手に勝ちすぎてしまうことなのだ。

「了解しましたっ。それじゃ行ってまいりますぅ」

「あっ、走っちゃダメだってば!」


──ゴッ!

「……ぐ、ぐおぉ〜」


すかいてんぷるは、今日も平和である。

……これを平和と感じる自分も少しおかしいのでは、という疑問も湧きかけるが、キッチンからのコールですぐに忘れて仕事に戻ってしまう孝之も、立派なすかいてんぷるの一員なのだった。



部屋の合鍵がオレの手に戻ってから。

オレはこれまでのことも、何もかも棚に上げて、遙の彼氏に戻った。
悲しさは、まだ振り払えたわけじゃない。でも、それじゃいつまで経っても前に進まない。オレが遙を全力で愛するのは、水月の涙に応えるためでは決してないけれど、毎日を全力で生きるのは、これまでオレを守ってくれた水月に対する礼儀だと思う。

だから。
あの日の翌日から、オレは普通にバイトに戻った。今まで通りのシフトを続けて、夕方になると病院に行く。オレの中でもそれはもう「お見舞い」ではなくて、自分の彼女に会いに行くという行為になっていたけれど。

……考えようによっちゃ、毎日彼女に会いに行き、時にはふたりきりで病室でじゃれあってるんだから、今のオレは見舞い客の名を借りたバカップル予備軍かもしれない……。でも、ベッドの上の遙が起き上がり、オレと照れたような笑顔を交わすのが、今ほど幸せに感じられるときはない。車椅子の遙と、辛い思い出の多かった屋上から海を眺めてるだけで、こんなに安らぎを感じられるなんて。

もうモトコ先生や病院の人たちには3年前から今に至るまでのあの姿を見せてしまっているんだし、今さら他人の目なんか気にしちゃいられないさ。

「他人の目を気にしない……それはバカップル正規軍ってことか……」


「……バカがあんだって?」


背後から降りかかるなじみ深い悪魔の声色が、オレを急速に現実に引き戻す。

「あたしが戦い終えてきたってのに、この糞虫はなにのんびり休憩しくさってるんじゃ!ボケっ! おまけに一人でぶつぶつと……おおかた毎日乳くりおうておる女の身体でも妄想してたってとこね? キショイからやめろや」


うっ、すかいてんぷるの核弾頭……一戦終えて気が立ってやがるな……

「妄想ってなぁ……オ、オレは病院に見舞いに……」

「変態」(にっこり)


う゛っ!……知ってか知らずか図星な指摘。自然とあの日の遙のことに連想が行っちまう……って、ここは冷静に対応しなければ悟られるっ!!

──むにっ。

冷静に。

「あっ、あにふんのほー!」


「憶測で失礼なことを言ってるのはこの口かなー?」

「あんれふとー!」

「心の汚れたキミが妄想するのは自由だけどねー。例えば玉野さん辺りに憶測で妙なこと吹き込むんじゃないぞ〜?」

「はなひなはいほっ!」

「わかったかな大空寺君?」

「はあへっ!」


──ぱっ。

「はぁ、はぁ……なに幸せモンがからかわれてムキになってるのさっ!」


げ、全然ごまかせてない。
オレの一瞬の狼狽を見逃さず、勝ち誇ったような笑みを浮かべる大空寺。

「単細胞生物はすぐに顔に出るからわかりやすいのよね……」

「……」

「そこが顔だと仮定してのことだけど」

「…………」

「ま、そんなのあたしでなくても誰でもわかってると思うけどね」


大空寺でなくても? そりゃどういうことだ?
大空寺が、すっと真顔になる。

「……『親戚』。よくなったんか?」

「……へ?」

「店長もまゆまゆも気づいてるわよ……あんたの笑い方が変わったって」

「……」

「あたしはこのウジ虫がマトモに仕事してくれるようになればそれでいいんだけどね。あ、もちろんあたしは『よくなった』からだけだとは思っちゃいないけど」


そうか、こいつには遙と水月の話をしたことがあったっけ……

「……病院に、か。結局そっちにしたのね」


オレから少し目線をそらせて、でも相変わらずの直接的な言い方に、軽い痛みと反発を感じる。

「そっち、ってオマエなぁ……」


「……現実を見せて、それでもそう決めたならそれでいいんとちゃうん? 好きなら好きでその気持ちを最後まで貫き通せばいいじゃないさ。少なくとも、好きだったから好きになってくださいだとか、尽くしてきたから好きになってくださいとか、そんな胸糞悪くなるような好意に応えたわけじゃないさ?」

妙に説得力があるというか、いつにない大空寺の台詞。とても他人事を話してるとは思えない、力ある言葉。……あの話をして事情がバレて以来、こいつなりに心配してくれてたってことか……

「ま、へたれの脳みそも少しは進化したみたいね。単細胞生物も分裂ぐらいはしたのかしら」


「……大空寺……」


「せっかく進化した脳みそ、耳から流さないようにせいぜい気をつけるコトね」


──ぐい。

「お前、大丈夫か……?」

「あっ! あにふんほよっっ!!」

「…………心配かけてすまなかった」

「!!」


──ぱっちん!

「うがあああああっ! 台詞とやることがあってないわよっ!!」


やっといつものように獣化した……けど、顔が赤いのは気のせいか……?

「オマエなんて、猫のうんこ踏めっ!」




大空寺のやつはまた「御指名」を受けて出撃していった。1日4戦とは、さすがにあいつに同情もする。オレが出て行けばよかったかな……前店長の悪政の影響が抜けきるのはいつの事になるやら。

店長も玉野さんもわかってる、か。
2年近くここで働いて。水月との時間がどこか遙とつながっていたのと違って、すかいてんぷるではオレは誰のためでもない「孝之」でいられた。水月とは別の意味で、この場所はオレの安らぎだったんだ。

人はひとりで生きてるわけじゃない。……また大空寺の言葉か。

大空寺とバカやってる間は……それこそ、慎二と水月とバカやってたあの頃のオレに近かった。受け答えにネタを効かせるよう考えて……。大空寺も根はいい奴、か。前まであいつとのやり取りをそんな風に捉えたことはなかったけどな。

健さんにはシフトのことで随分と配慮してもらった。いくらアルバイトは店長の裁量下にあるとは言え、無断欠勤すらしたオレをクビにせず守ってくれた。健さんにとっても辛いだろう記憶を、思い出させてしまっているだろうとわかっていながら。

玉野さんはホント手間のかかる子だけど……こんなオレでも先輩として、この子に何かができるんだってことを実感させてくれた。あの明るい笑顔で、オレを幾度となく元気付けてくれた。

俺は、これまでこの場所にもずっと助けられてきたんだ。



……これまで、……?

時間は、少しずつ元の流れを取り戻す。取り戻すだけじゃなく、その先へと進んでいく。

遙もいつかは退院する。リハビリを見てる限り、そう遠い先のことじゃないと思う。その瞬間、考えることを避けてすら来た「これからの事」が、現実のものとなるんだ。

遙が日常の生活に戻って。オレは病院に行く代わりに遙と会って、バイトを続けて……それで、どうするんだろう?

これからのこと。
それは、遙との時間を作っていくと決めたオレが、絶対に考えなければならないこと。現実と、戦っていくということ───

これから、オレに何ができるんだろう?

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