君が望む永遠〜短編サイドストーリー

MACHINA EX DEO

指輪に紡ぐ想い

2005年08月15日


2005年08月15日・深夜。

「遙〜っ、シャワー上がったからオマエも入れよ〜」


夏の汗をさっぱり流して出てくると、イルカとタコに、巻き貝にヒトデ。幼い雰囲気すら漂う4つのカップが、遙の手によって綺麗に洗われている。自分の家で遙に洗い物をさせるのは躊躇われたけど、遙はどうしても自分がやるんだと言って聞かなかった。どこか譲れない線での頑固さは、ホント相変わらずだ。

洗い物を終えて、台所から戻ってくる遙の左中指に光るシルバーのリング。
別にずっと着けてたわけじゃないけどね、と水月は言っていた。それにしたって、7年経った今でもそこそこの輝きがあるのは、水月がどれ程この指輪を大切にしていたかの証だろう。

「銀の指輪したまま洗い物なんてして大丈夫なのか? 錆びたりしないか?」

「え〜、ちゃんとお手入れしてあげれば大丈夫だよっ」


……恥ずかしいことに俺には指輪の知識はほとんどなかった。
そんなことは7年前、あの指輪を水月の左手の薬指にはめた時からわかってることだけど。

それに……今まで、この日が来るまで、オレは遙にリングをプレゼントしたことはなかったしな。水月が俺達の前に戻ってくるまで──あの指輪が、水月の手元にある間は、オレは遙に指輪をあげる資格はまだないと思っていたからだ。

だけど、やっぱり指輪がないと締まらないシチュエーションってのはあるもんで……まったくその手のことを気にしていなかったオレは、慎二に激しく説教されることになったのだった。

(ったく、今時それくらいネットで検索すりゃすぐわかるだろ……)


そうぼやきながら、慎二はオレにアクセサリの講釈をしてくれた。
昔っからアイツはその手のことにマメだもんな……さすがデブジュー、もとい弁護士の卵。

でもまあ実際、2週間前に今日の丘での再会を決めた時、オレと慎二はふたりして結構悩んだものだった。水月があの指輪を捨てずに返してくることは想像してたし、水月もご丁寧に「返すものもあるから」なんて台詞を伝えてきていた。

指輪。
オレも慎二も、ある意味人生掛かってたから、迂闊な失敗はしたくなかったからな。でもやっぱりオレより慎二のほうが気を使ってた。最初「転用」しようと思ってたオレは、そんな慎二に説教された──というわけだ。

オレの記憶はかなりあやふやで、慎二に必死で励まされながら、あの時の水月の指輪のサイズを思い出していた。寝ている遙の指のサイズをこっそり計って照らし合わせたり……。

うーん。ロマンチックなシチュエーションってのは、恐ろしく地味なサーベイと努力で成り立ってるモンなんだな。その辺は大学でやってる研究と大して変わらなくて苦笑する。ま、その研究を怠らないデブジューも、ある意味オタク的なところがあるよな。だから気が合うのかもしれない。



再会後なだれ込んできた俺の部屋で、ひとしきり呑んで語った後、水月も慎二も終電で帰宅していった。

(そりゃ俺も今週はなんとか夏休み取ったけどな……)

(私も数日スケジュール空けてもらってるけど……)


そのまま顔を見合わせて笑いを浮かべる水月と慎二。

(思いっきり「お泊りモード」の遙を見ちゃえば、ねぇ……)


焦りまくる遙。逃げる慎二にツッコミを入れるオレ。それを見て笑っている水月。
昨日眠れないほどしてた心配が嘘のように、4人の時間は、動き出していた。

……ずっと、この日が来ることを信じていた。
ようやく願いは叶ったんだから……遙の荷物を目に付く場所にわざと置いておくぐらいの演出は、許されるよな。返してもらった指輪も、慎二との打ち合わせ通りに、遙の中指にはめ直した。

あの事故がなければ、もっと早く、遙の左薬指には指輪がはまっていたかもしれない。それは正式な婚約指輪なんてものじゃないけれど、きっと付き合っていくうちにプレゼントぐらいしていただろう。……そんな時間への想いを込めて、遙の左薬指にあの指輪をはめて、写真も取った。

……でも、やっぱりあれは……過去の指輪なんだよ。
水月との時間が詰まった……指輪なんだ。

だから……

帰り際に慎二と一瞬目を合わせて、ふたりを、見送った。





「ん……さっぱりしたあ……」


濡れた髪にタオルを当てて、薄いピンクの可愛いパジャマに身を包んだ遙が部屋に戻ってくる。湯上りの遙は……やっぱり可愛い。そのまま押し倒したくなる衝動を堪え、遙の手を優しく引いて、遙を上にしてゆっくりとベッドの上に倒れ込む。

「え……あ……た、孝之くん……まだ髪乾いてないよ……」

「ん……いいんだ。そのままでいいよ」


そう言って遙の背中に手を回し、優しく抱きしめる。
遙もそのまま安心したように、オレの胸に身体を預けてきた。

「水月……私たちの前で、笑っててくれたね……」

「ああ……やっと、この日が来てくれたんだよな……」


今日という1日を思い返しながら、ゆっくりと遙の髪に手をやった。こっちを見上げる遙となんとなく目が合って、そのまま優しくキスを交わす。

今日のこと、水月のこと、あの丘のこと、4年前のこと、7年前のこと……

鼻腔をくすぐる遙の香り。柔らかな身体。……遙の鼓動を胸に感じながら、取りとめもない思い出話を、睦言のように紡いでいく。

「……ねえ、そういえば……」


遙がふと思い出したように呟く。

「この指輪……どうして中指にはめなおしたの……? さっきは『今はここに』って言うだけで理由話してくれなかったけど……」

「ん……? ま、水月から遙に直接指輪はめられたのがちょっと悔しかったってのもあるんだけどな」

「悔しかった『のも』……? 私、孝之君が指輪つけなおすって言ってくれたとき……てっきり今日……」


そこまで言ってから、急に顔を赤らめる遙。

「てっきり……なんだ?」

「あ、あ、えっと、その……。なんでも、ないです……」


そう俯きかける遙の顔をオレの胸に押し付け、ぎゅっと抱きしめて言葉をさえぎる。

「……大丈夫。後でちゃんと、理由話すから」

「うん…………え、あっ」


もう一度遙の口を唇でふさぐと、そのまま位置を換えて遙を下に敷いて。
枕元の常備品をちらりと目で確認した上で、はだけさせた遙の胸に顔をうずめていく。この温もりも、この柔らかさも。遙の吐息を頭上に感じながら、その全てを二度と放さないことを、いつまでも確かめるために。

 
 
 

2005年08月18日


夕日に染まる木々の間を登っていく。

懐かしい風景。
蝉の声。
……ついこの間登ってきたときは昼間だったからそんなことを感じたりはしなかったけど……。この夏の夕暮れの空気は……変わってない。自然と7年前、7月のあの日へと記憶がさかのぼっていく。

(水月と慎二と、もう一度あの丘で待ち合わせしたんだ。明日はモーニングとランチだから……5時過ぎにはオレも着けると思う。先行っててくれ)


昨日の電話で孝之君はそう言ってたけど、どことなく声が緊張してる感じだった。
水月や平君と約束したって……何か、あったのかな……。4年間も孝之君といれば……なんとなく、普通じゃないことはわかってしまう。

……風が、吹きぬけていく……。

夕日が辺りを照らし、長い影が地面に落ちていた。
木の下に立つその人物は逆光でよく見えない。影も木々と混ざり合っていてよくわからない。

もっと近づかなくちゃ……そう思うのに、思えば思うほど、足は動いてくれない。まるで退院したばかりの頃のように……

ふっと、少し強めの風が吹いた。木々が音を立てて揺れる。

……私、怖がってるのかな。
先に来てるのは、平君か、……水月。ひとりなのは間違いない。

すうっと深呼吸して……その影へと、一歩ずつ近づいて行った。









「……待ってたよ」

「え……?」


孝之、くん……?

「……遙」


孝之君はじっと……私を見つめていた。

「どうして……後から来るって……水月や平君は……?」


突然の出来事に、今まで感じてたかすかな不安が一斉に混乱に変わっていく。
でも、孝之君はそんな私を優しく見つめながら……聞いてるだけで落ち着けるあの声、でもどこか緊張した声で、ゆっくりと話しだした……

「指輪。……あの指輪はめなおしたのさ、ちゃんと意味があったんだ。それを……伝えたくて。言いたくて」


聞きなれない緊張した孝之君の声。
一言ひとこと、言葉を選んでるようにも……聞こえる。

「……中指ってさ、未来を表す……指なんだ。人生や未来を予見する指……ってやつらしい」


自然と、あの指輪がはまった左の中指を目の前にかざして見てしまう。

「その指輪は……まぎれもない、過去の時間の指輪なんだ。オレが過ごした、あの2年間の……指輪。その過去を……この間やっと、未来に繋げられたんだよ。オレたちの未来に。こんなこと……迷惑かもしれないけど」


突然の孝之君の言葉。
でも、その言葉への答えは……もうずっと前に、決めてあった。

「……そんなこと、ないよ……。だってこれは、孝之君の時間だもの……。私が寝ていた間も、ちゃんと孝之君がいてくれたしるしだって……思うから」


そう言って孝之君の目を見つめると、彼の顔は少しだけ、安心したように緩んだ。
そして……次の言葉を紡ぐかのように、短く息を吸いこむ。



その一瞬の間が、不思議に長く感じられた。
木々のざわめきと蝉の声が、うるさいくらい耳に響いてくる。



「……遙、オレ、就職決まったよ。STセラピシス。狙い通りに」

「あ……」


孝之君が目指していた、自分の経験と心理学の知識を生かせる職場。
結果を言ってくれないからどうしたのかと思ってた……けど……

「いっぱい遅れて……ごめん。オレの弱さが……こんなに時間を……取らせちゃったけど……やっと……過去も、未来も、見えたから……」


……そっか……

孝之君と同じぐらい、私の顔も紅潮していくのがわかる。
胸が痛いくらいドキドキして、息が苦しい。立っていられないようなめまいを感じるのに、それでも目は孝之君から離せなくて……



「遙。オレと、結婚して欲しい」




……遂に聞くことができた、その言葉……

孝之君が一歩踏み出して、私の左手を優しく取る。

「……初めてあげるのが……いきなりこれになっちまったけど……」


プラチナの上で夕日を受けて煌めく、ほのかな蒼い光。
これって……アクアマリン。私の、誕生石……

「ははっ、さすがにダイヤモンドは手が届かなくて……。でも、そんな金で買えちまうような『永遠』が嫌だってのもあってさ……。だから……だから、遙を守るこの石を……受け取って欲しい……っ!」


「……あ……孝之、くん……」


涙があふれてくる。早く返事をしたいのに、のどが詰まって声が出てこない。
でも……早く……早く、この幸せを……

「……は……い。ありが……とう…………」


この言葉を言われたときに、なんて答えようかなんてずっと考えてたはずなのに……出せた言葉はそれだけで。感情が一気に込み上げてきて……

「私だって……私もずっと……この時を待ってた……待ってたんだからああっっ!!」


孝之君の胸にしがみつく。
孝之君は一瞬びっくりしたように腕を止めた後……優しく、強く、ぎゅっと抱きしめてくれた……





やがてまた少し強めの風が吹いた。
木々が音を立てて揺れて……空気が少し、落ち着いた。

孝之君は照れたような顔をして……改めて私の手を取って、指輪を左の薬指にはめてくれた。中指の指輪は……ちょっとデザインが合わなかったので一度抜いてしまったけれど。

「オレが言うのもなんだけどさ……どっちの指輪も……大切にして欲しいんだ」


わかってる。
私にとっても、水月が、私に笑顔を見せてくれたしるしの指輪。

……と、別の長い影が、視界を僅かに暗くした。

「水月に……平君……って、えっ?」


平君の腕に回された……水月の腕。その手には……見慣れない指輪が、はまっていた。左手の……薬指に。

「あっ……す、涼宮、誤解すんなよ。俺らはただ……付き合うことにしただけだからなっ」


私の目線に気づいたのか、慌てて説明する平君。

「やっと……いろんなことに、整理がついて……前を向けるように、なったから。あの時みたいに、隠したり、遠慮したりしないで……やっていけると、思ったから、ね」


私の前では初めて見せただろう、水月の恥ずかしそうな笑顔。
でも孝之君のほうを振り返ってみてみると……あれ? 全然驚いたような様子がない。もしかして……

「孝之君……知ってたの……?」

「んっ? いやそのまぁ……慎二から相談を受けてだなあ……」


気まずそうに目を逸らす孝之君。
そっか、あの日私の荷物をあんなところに置いたのも……平君が水月を自然に送って帰れるように……ってことだったの?

「ううう……ひどいよぉ……知ってたら私だって何かできたかもしれないのに……」


「……遙、ちなみに話は俺と慎二の間だけでだったんだからな。慎二も……勝負時だったの。それに……指輪の話は、オマエのこともあるんだから……言えたワケないだろっ?」


あ。そっか。
慎二君は水月に指輪をあげるのに、孝之君にきっとサイズの相談をして……逆に孝之君は私のことを相談してた……ってことなんだ。

でも……孝之君から最高の幸せをもらえたその日に、もうひとつこんな嬉しい驚きが来るなんて……。

痛みがあった分、幸せも、まとめて来てくれるのかな。

今日は、4人の未来が……また新しい幕を開けられた1日になった。
これってやっぱり……


「新・仲間記念日……」



え、え? 孝之君の表情が突然凍りつく。
私何かいけないこと言ったかなあ?

「遙……確か前も似たようなこと言ってたけど、それ、なに……?」


そんな水月の声を打ち消すように、孝之君が大声でしゃべり始めた。

「さ、さあさあとにかく! 今日はこれから初のダブルデートと行こうじゃないかね諸君ッ! 明日も休みだしとことん呑もう!」


「じゃ、橘町にでも出るかあ! こんな時のために取っといた店があるんだけどどうだ?」


「お、さすが相棒っ! 気が利くね!」


な、なんか誤魔化された気もするけど……

「さっ、遙っ! 今日はちゃーんと酔っ払う遙見せてもらうからねっ!」


7年ぶりに、久しぶりに水月に手を引っ張られて、みんなで思い出のつまった丘を駆け降りて行く。

再び流れ始めた、曇らぬ笑顔の日々の始まりも、ゆっくりと暮れていく。

辛い日々の哀しさは、ようやく優しさになって……



「行こう、遙」
「……うんっ」



みんなに会えた丘の上に、星が降る──

──DO YOU HAVE YOUR SOULMATES?
 
 
 
 
 
あとがき
直接「再会」をまだ書いてないにも関わらず、再会後の話を書いてしまった如星です。

もともと「遙3部作」として、獅子座流星群、クリスマス、そしてこの指輪を並べるはずだったんですが……クリスマスネタで詰まってる間に、こっちができちゃいました(^^;;

この作品で言いたかったことは何か? それはズバリ「ロマンチックなシチュエーションってのは、恐ろしく地味なサーベイと努力で成り立っている」です(ぉぃ)

ともあれ、孝之の心の中には、再会で指輪を返してもらうまで婚約指輪が渡せない……という雰囲気があったと思うのです。再会を決めて、きっと彼は速攻で貯金を握り締めて店に走ったのでしょう(^^;; 学生のときにンな高い指輪を……とも思いましたが、年齢からすれば一応相応なので(稼ぎを貯めていれば十分可能でしょう)。それに、ぼやぼやしてると……さすがの遙も25歳過ぎちまいますしね(^^;;

このSSのために指輪関係のリサーチをしまくったのは、秘密です。
……Googleで「婚約指輪 選び方」入れてみましょう。売り込みのページばかりで、思わず「-.co.jp(co.jpをはずす)」しちまいました……商魂逞しいっつーかなんつーか。( ´_ゝ`)
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