如星所見・君が望む永遠

MACHINA EX DEO

君望・孝之は果たしてヘタレか

孝之君。
とかくネット上でレビュー等を見ていても「ヘタレ」と評判が悪い彼。その一方で、ささやかながら根強い擁護論もある彼。

そんな孝之君を、ゲームトークンとしての観点から書いてみましょう。
ゲームトークンとしての彼。

ここでは、ゲームトークンとはあらゆるゲームにおけるプレイヤーの意思をゲームに反映させるモノを指します。よって、彼がゲームトークンである以上、また、このゲームの都合上、孝之は一人ではありえない。
各エンドへ向かって動かす以上、一定のポイントを過ぎると孝之は多重人格者たらざるを得ないと言うわけです。それぐらいエンドがばらけているということでもありますけれど。

そのことを踏まえて、まず「プレイヤーの選択肢に寄らない、2章開始時の彼」と、「2章開始後の、プレイヤーによる彼」を分けて考える。そして、開始後の彼は多重人格である、これがポイントだと思います。

逆に言えば、バッドエンドへ走った主人公は、例外なくヘタレです。はっはっは。
それは「負ける」人格を持っていた、ということですからね。ただし、バッドエンド時の彼と、その他エンド(特に遙・茜・水月時)を比較してはならない。そういうことだと思います。

また、主人公はプレイヤーの意思を直にゲームに反映させる存在ですが、プレイヤーは主人公の知り得ぬ情報も持っていますし(設定や2ndプレイ以降)、主人公はプレイヤーの持っていない「感情」を持っています。つまり主人公とプレイヤーは完全同体ではないのです。このことが、選択肢と行動の乖離という現象を解く鍵となるのだと思います。


さて、2章開始時の孝之。

この時点ではある程度プレイヤーと「同体」なはずの孝之ですが、ところが彼にはゲーム上の表現を通じてもなかなか理解することができない「感情」を持っているのが厄介なのですね。その最たるものが
 1.遙を待ちつづけるということがどういうことか
 2.水月と過ごした時間がどういうものか
です。そしてこの2つこそが、彼をヘタレかそうでないかを分けているポイントともなります。

待つということは簡単なことではないし、過ごした時間の重さというのは人それぞれですし。

先に私見から言ってしまえば、この時点の彼は「いかにも人間らしい、決してヘタレではない」男といえます。死んだに等しい彼女を待ち続けられるほど、人は強くない。…この点は、結構ネット上でも賛同の得られる所のようです。

問題になってくるのは、水月との関係の方です。

さて、これがどう関わってくるかは…各シナリオ印象で、各シナリオごとに続けるとしましょう。

なんだ結局そう落とすんかい>自分
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